表参道フォークウヱル別館

ITエンジニアのキャリア支援サービス Forkwell の公式ブログです。

著名なOSSコミッターの年収はいくらが適正か?

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Forkwell プロダクトマネージャーのおおかゆかです。ニンテンドーID は homeyuka で愛用のブキはプロモデラーRG(ナワバリ)/.52ガロンデコ (ガチ)です。

「表参道フォークウヱル別館」お久しぶりの更新となります。また、今回より以前の Heroku アプリからはてなブログに移転してお届けさせていただきます。

本題に入る前に改めてこのブログの紹介をしますが、ITエンジニアのキャリア支援サービス「Forkwell」「Forkwell Jobs」の公式ブログです。サービスのコンセプトは「技術が好きなエンジニアの目線から、転職サービスを再構築する」。このブログでは、エンジニア採用に携わる方および転職を考えるエンジニアの方に対して情報を発信していきます。

Twitter で炎上していた話題

さて先日、Twitter において「著名なOSSコミッタを年収400万円で雇おうとしたら無理だったお話」という話題がエンジニアの間で盛り上がっていました。詳細は Togetter によるまとめページを参照していただくとして、要約すると「かなり有名なOSSプロジェクトのコミッターとなぜか意気投合した会社の経営陣がその人を雇おうとしたところ、当人から年収800万円を提示された一方で、その会社はエンジニアに出せる年収は400万円が限度だったのであえなく破談になった」という話のようです。

これに関して「ふざけるな安すぎる」「エンジニアの生産性の個人差は10倍あるのを知らないの?」という声もあれば、「800万円の根拠は?」「800万出してその人はいくら稼いでくれるの?」と疑問を呈するような声もあったようですが、大半はエンジニアからの反感の表明でした。もしこの会社が実名を出してこのような見解を表明していれば、まさに「炎上」状態になっていたでしょう。

この話題について、Forkwell として何も言わないわけにはいかないと思いました。なぜなら Forkwell Jobs をちょうど2年前の2013年6月にリリースしたときから、掲載求人に「著名OSS のコミッターが在籍」という項目を設けているからです。(2015年6月現在、この項目に該当する求人は49件)

はたして企業が著名なOSSコミッターに出す年収はいくらが適正なのでしょうか? この問題を、エンジニア以外の方々にも納得がいきやすいよう考えてみたいと思います。

雇った会社がどれだけのリターンを得られるかという観点から

まずここは経済学的に、ミクロとマクロの見地から考えてみましょう。前者はその会社が払った年収以上の価値をそこから得られるかという観点、後者は市場における相場の観点です。

もしこの会社が受託業務中心の SIer だった場合、純粋に戦力としてだと年収800万円でペイさせるのは難しいでしょう。SIer の収益モデルはクライアントに対してエンジニア1人当たり月額○○万円という時間を売る「人月商売」がほとんどのため、現場でコードを書くエンジニアに払える金額を高く設定できません。なぜなら「この人は著名な OSS コミッターなので、他のエンジニアの2倍の単価を設定させてください」と言っても、ほぼ IT に関して素人のクライアントに納得してもらうのは難しいからです。

また、万が一コミッター本人が「他の人たちと同程度の金額でいいですよ」と譲ってくれたとしても、スキルの高いエンジニアは通常より短い時間で仕事を片付けるし、さらには出すバグも少なくメンテナンスの手間を軽減させてしまう。人月モデルの SIer からすれば、これは会社に入るはずだった売上を減らすことになります。この会社はそこまで考えてなかったでしょうが、実際に稼働していればその人の優秀さが、会社にとっては逆に損害を与えてしまう可能性は高かったはずです。

一方で自社運営のサービスを抱える、いわゆる「Web系企業」だった場合はどうでしょうか。 こちらは収益が人月モデルではないため、その人のパフォーマンスをそのまま給料に反映させることに経済的な障害はありません。エンジニアの間には、「優秀なエンジニアの生産性は非凡なエンジニアの10倍」という有名な話(神話?)があります。これは純粋に開発スピードだけで言っているのではなく、後々のメンテナンスのしやすさや起こるかもしれない障害やセキュリティ事故も含めて考えれば、それくらいの個人差が生じてもおかしくないということです。よくニュースでシステムの大規模障害や個人情報漏洩が取り上げられますが、優秀なエンジニアがいないと時には時間だけではなく経済的、信用的な被害まで会社に与えてしまうことがあります。

さらに加えて、飛び抜けて優秀なエンジニアはチームメンバーに対してもよい影響を与えます。思いつくままに列挙すると、

  • よりよい設計や技術の選定、ワークフローの改善など、開発が長期的に破綻しにくく、作業者が楽をできるような環境を積極的に作ってくれる

  • 身近にすごい人がいることで、チームメンバーが「自分もあの人に近づきたい」と向上心を持つようになる

  • 採用の際の武器になる。「ウチにはあの有名な OSS のコミッターがいるんですよ」という文句は、エンジニア求職者には魅力的

といったものがあります。

これらの効用を考慮すれば、通常のエンジニアの2倍以上の給料を払ったとしても、会社にとっては十分におつりが来る安い買いものでしょう。

市場の相場の観点から

そういった価値をわかっている会社(主に「Web系」と言われる自社サービスを運営している会社ですが)は、優秀なエンジニアには青天井で高い年収を提示します。 こういった話題ではよくシリコンバレーや Google が引き合いに出されますが、日本でもたとえば DeNA さんに Forkwell Jobs で掲載していただいていた求人は、オファー可能年収の上限が3,500万円に設定されていました。(現在は募集終了)

同様にオファー年収上限が1,000万円以上のエンジニア求人は、Forkwell Jobs に掲載されているだけでも2015年6月現在、63件あります。

私はこれまでに500件ほどの求人を監修し、その応募者の方々のプロフィールのほとんどに目を通してきましたが、件の「著名なOSSコミッター」の方が希望した年収800万円というのは、現在の日本の相場から考えてもきわめて妥当な額だと考えます。同じエンジニアの立場としては1,000万円以上と言いたいところですが、日本の現在の市場状況を考えると「著名なOSSコミッター」という条件だけなら、まず740万円程度から交渉スタート。あとはその方の知名度やこれまで在籍したチームにどれだけ好影響を与えられてきたかの実績で上乗せしていく感じでしょうか。 もちろん、会社がイケイケで優秀なエンジニアの価値を十分知っている会社であれば、最初から1,000万円以上の額をポーンと提示してくれることもあります。

「800万円は高すぎる。エンジニアに出せるのは400万円まで」と役員が言い放ったというこの会社は、この相場を知らずに自社のミクロな価値観だけでしか見ていませんでした。それが多くのエンジニアの反感を買う結果となったのでしょう。

まとめ

件の会社は、価値もわからず雇ったところで使いこなせもしないのにミーハーに優秀なエンジニアをほしがったため、無駄な時間を使ってお互い不快になるという不毛なことをしてしまいました。

それだけで済めばまだいいのですが、今回の件は幸いにも会社が特定されなかったものの、もし会社名が漏れていれば、エンジニアの間にその会社に対する悪い評判が広まり、その後長きにわたってエンジニア採用にかなり苦労することになっていたことでしょう。

これに限らず「優秀なエンジニアがほしい」という会社は多いです。しかし考えてみると「優秀」という言葉は非常にあいまいで、業界や会社によっても基準が変わってきます。採用に携わる方々には、自社にとっての「優秀」の定義をちゃんと詰めた上で、かつその条件を満たす人材の年収相場のリサーチをして、相手に失礼のない対応ができるよう準備しておきたいものですね。 (「相場とかそんなのわからない」という企業様には、Forkwell が相談に乗らせていただきます)